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霧島市役所へ行ったことがありますか?
市役所へ用事がなくても行けるとこ。そんな感じの場所です。
中にはカフェやレストランもあり、図書館やミーティングの場所もあります。
フリーのお茶マシンもあるんですよ。

今回その霧島市役所にあるメディアセンターで10月24日に防災シンポジウムは行われました

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小川さんと井村先生。
会場はこんな感じでハートフルに始まりました。



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こちらは宮崎にある紫麓窯の窯元山下さんによる火山灰から生まれた特殊な輝きを放つ焼き物たち。
新燃岳、桜島、阿蘇の山々がそれぞれの力で生んだ黄金の光を持つ皿。
そしてそれぞれの山の力が合わさって生まれた虹色の輝きを持つジオ虹彩という皿が今回やってきました。
近くで見ていただいた方にはお分かりいただけたと思うのですが、焼き物なのに鉱物のような繊細な輝きです。
作った山下さんでさえきっと不思議じゃないんでしょうか。

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こちらは徳田屋さんのピーチマップ
たぶん霧島ジオパーク断トツのベストセラーな商品ではないでしょうか。
小さなお子様から山好きな大人、視覚がご不自由な方にも触って感じていただける。
そんな無敵の小さな霧島連山は水にも強い。霧島登山の思い出に郵便で送れるタイプもあるというシリーズです。
火山実験にも使われる大人気の立体地図です。
お買い求めは道の駅霧島、道の駅えびの お問い合わせは株式会社徳田屋まで


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今回のお話は御嶽山噴火に学ぶ人々の心理や防災への取り組みです。
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霧島ジオパーク友の会理事長井村先生からのご挨拶とお話しです。
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たくさんのマスコミの皆さんが駆けつけてくださいました。
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最初は小川さんのお話。
震えるような、そして目の前に見えるようなその光景は御嶽山がどれほどの悲劇に襲われたのかわかります。
そしてそれが新燃岳で起こったら。彼女が身近にいるジオガイドだったとしたら。
隠れても襲い掛かる噴石。ボロボロになったリュック。
もしそれがジオガイドの誰かだったら。
ジワジワと涙で潤んできました。

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そして早川先生。
衝撃的な言葉と映像。
噴石が体にぶつかり肉と骨を砕きます。その痛んだ体の写真からどれほどの衝撃で石が飛んできたのが伝わりました。
ゾッとするようなその現実に火山が持っている闇の部分を改めて知ったようでした。
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小川さんだからわかるその状況でできること、できないこと。
生き延びるための数時間の戦いを綺麗ごとではない数時間として話されました。
なぜこの日マイクを持って話すことができたのか。
本当にそこにいたのかと言われるほど過酷な時間からの生還です。
小川さんは「確かに私はそこにいた」とボロキレのようになりながら小川さんの体を守り続けたリュックを証に語ります。
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ソーシャルディスタンスで守られた会場とオンラインからの閲覧のみなさん。
そしてマスコミの皆さん。
ただ防災を訴えるだけのシンポジウムではなかったことをこのとき見られたと思います。

その時信じられるものは自分自身だけだったこと。
今のコロナと同じなのかもしれません。
まだ大丈夫、たぶん大丈夫だと思うのは勝手です。でも一人ではない。
自分には家族がいたり仲間がいるんです。
元気で生きているだけで安心してくれる人がいるのです。

過去の自分だけが今の自分を助けます。リスクを知っているのにたぶん大丈夫だと勘に頼って命を懸けることはまるで高速道路で逆送の車に乗るようなことかもしれません。

今回この会場はソーシャルディスタンスをとってマスクをし、入るときには体温を測ります。
そして熱が分かれば入場を断ります。
もしも事前に感染者が県内で増えていたら開催自体を考えたでしょう。

そしてそれを案内し、その安心への努力を担保にしてこのシンポジウムは開かれたのです。

そんなこともしない会場だったら誰も集まらなかったでしょう。

100点はないけど、現実と向き合いできることをし、先を見据えた決断をする覚悟をもってそれが自然というものだと考えていく姿勢はかっこいいのではないでしょうか。
無理やり咲かせた花は簡単に枯れるものです。

現実を誠実に発信し、自然に対する潔い判断は人を守り、人も学ぶ。それは全くネガティブなイメージなんてない観光地として選びやすくなるのではないか。
そういうことを考えた日でした。