ここ最近の霧島は交替で噴火したり地震を起こしたりと落ち着かない様子です。
海外ではハワイのキラウエアが噴火しておりますがやっぱり生き物だとしみじみと感じます。
こうして地面のしたでうごめいている地球の血流のようなマグマをたまに目撃すると、リスクマネジメントの観点では事故などという概念はないと思っていた方がいいのだろうという気持ちになってきます。
人はあわよくば噴火せず、あわよくば地震にもならず、こういう災害に出くわす地域のことをタイミング悪く遭遇するところのように見えるのかもしれません。
地震と違って噴火は『危ない』と見てわかるものです。霧島のように活発かどうかわかるところもあります。
活発な時期に入った火山に対して、無理して観光重視の考えを貫くのが個人的にはいいと思いませんが、何が過剰で何が無神経なのかは誰にも断言できないのかもしれない。
個人的。そういう意味では今は今の霧島の姿であって、無神経に近づいて「ほら見なさい」となった時、誰が困るのかと思うとここに住む全員です。
その辛さは何年も何年も続くのです。だから会ったこともない観光客のことも自分の家族のように心配するのです。
火山は普段ちゃんと恵みをくれています。
噴火していてもその恵みを取り上げたりはしません。
ある意味、まともに打撃を受ける部分はありますが離れたところは相変わらず温泉がでて、おいしい蒸し料理が作れて、温かな地面で植物を育ててくれたりする部分を持っていて「あれ?あんな噴火を起こしているけどなにも生活は変わっていませんよ」というところだってあるのです。
噴火していて生活をおかしくさせるのは人の心です。
火山が活発であるならその時期の火山との向き合い方があって、その時しかない姿を人間らしくなにかの展開へ結びつけることもできるかもしれない。
それが地球で一番知的な生き物だからできること。そう思います。
潤い、知識量、資料、分析・・・ここぞとばかりにできること。
そんなことを考えてみる。それはこれから自然の驚異に出くわすどこかの町のどこかの人達にはありがたい参考書になるのかもしれません。
私達が今、どこかの実績を探すように誰かが探す実績となる質の良い参考書となるそんな考え方をしたい。
霧島ジオパークであることは全ての面で潤えば良いという結果が欲しいのではなく「成長している」その過程が目的です。
後先を考えて、賢く、世界中の人が見られるこの時代。山を丁寧に考えていきたいなと思います。