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2019年5月4日、良い天気に恵まれて山ヶ野金山ツアーが開催されました。
今回はたくさんのご家族の皆様に参加して頂きまして、大盛況でした。

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山ヶ野は今も金山で栄えた当時にあった風情を保ったノスタルジックな町です。

山ヶ野金山には物語があります。

久通という侍が見つけた金鉱だというお話しがあるそうです。

寛永17年(1640年)のことでありました。そのことが山ヶ野金山の歴史の始まりだそうです。

日本全国から金を掘る人を2万人も集めました。
それから山ヶ野に33町、永野に10町もの町がたちまちにしてできあがりました。

「金山万覚」(※)によると、1万2千人くらいと伝えられています。
山には、金山奉行のもとに物・山・町の三奉行のほか、それぞれの役所が並び、50数条のおきてなどが定められました。当時の建物の一部もまだ残っているのですよ。
最初行っていた方法はとても大変で、金を掘り出す作業の中、命を落としたり逃げ出す人も現れました。

その状況を改善しようと島津藩はオランダ人に欧州の発掘法を勉強させ、それを取り入れました。その中に新兵器として電気爆破法がありました。

そして明治10年、フランスより鉱山技師ポール・オジエさんを招き、新式による通路、堅坑を作り水力や蒸力を利用しさらに改良が加えられました。
おかげで病気で、死んだり、けがをしたりするものが急激に減り生活の暮らし向きが良くなったそうです。

その後昭和33年、300年余り続いた山ヶ野金山は幕を閉じました。

※:「金山万覚」富島伝右衛門、貞享2年(1685)ごろの終筆。」
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金をみんなで探しました。
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実際はもっと効率のよいやり方だったはずですが、この方法でちゃんと採取できるのですよ。
子ども以上に大人たちも大興奮な一日でした!!!